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東京地方裁判所 昭和47年(モ)6755号 判決 1972年9月19日

債権者 カネマツ商事株式会社

債務者 新水戸カントリー株式会社

主文

債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三、〇六三号不動産仮処分事件について、当裁判所が同年五月九日になした決定は、これを取り消す。

債権者の本件仮処分の申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

(債権者)

主文第一項掲記の仮処分決定を認可する旨の判決

(債務者)

主文第一項から第三項までと同旨の判決

第二当事者双方の主張

(申請の理由)

一  債権者は、昭和四六年三月二四日、当時債務者が他から賃借していた別紙自録記載の土地(以下「本件土地」という。)を次のとおりの約定で債務者から賃借する旨の転貸借契約を結んだ。

1 転貸期間 二〇年

2 賃料 一年間一反あたり一万五、〇〇〇円

3 権利金 三、〇〇〇万円(昭和四六年二月二日に一、〇〇〇万円、同月一九日一、〇〇〇万円、同年三月二四日一、〇〇〇万円を支払済み。)

4 同年六月三〇日までに土地の引渡しと転貸借の登記手続をすること(その後土地の引渡しと登記手続の履行期は同年一〇月三一日まで延期された。)

二  本件土地の所有者の代表者である申請外松下一寿は、右転貸借契約締結の日に、債権者に対し右転貸借を承諾する旨の意思表示をした。

三  ところが、債務者は、前記履行期を過ぎても、本件土地の引渡しも登記手続もしないので、債権者は、右転貸借契約に基づき、債務者に対し転貸借の登記手続および本件土地の引渡しを求める訴を提起すべく準備中である。しかるに、債務者は、本件土地を他に転貸しようとしているが、もし債務者が本件土地を他に転貸して、その占有を移転すると、債権者はその権利を実行することができなくなるおそれがある。

四  そこで、債権者は、「債務者の本件土地に対する占有を解いて水戸地方裁判所執行官に保管させる。執行官は債務者にその使用を許さなければならない。この場合において、執行官は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない。債務者は、この占有を他人に移転し、または、占有名義を変更してはならない。」旨の仮処分を申請したところ(東京地方裁判所昭和四七年(ヨ)第三、〇六三号不動産仮処分事件)、当裁判所は、債権者に二〇〇万円の保証を立てさせたうえ、昭和四七年五月九日に、右申請のとおりの仮処分決定をしたものであるが、右決定は相当であるから、これを認可する旨の判決を求める。

(申請の理由に対する債務者の答弁)

申請の理由第一項ないし第三項記載の事実はすべて否認する。

(債務者の抗弁)

仮に債権者の主張するとおりの転貸借契約が成立したとしても、債務者は、昭和四六年一一月一日、右転貸借契約を当事者間の合意により解除した。すなわち、債務者は、昭和四五年秋頃からゴルフ場の経営を計画し、その資金の一部を債権者から借り受けていたが、昭和四六年一一月一日、債権者との間で、債務者の債権者に対する債務の総額が八、七〇〇万円であることを確認し、同日、右債務のうち六、〇〇〇万円を弁済し(うち五、〇〇〇万円は代物弁済、一、〇〇〇万円は現金による支払い)、残額二、七〇〇万円は五回に分割して昭和四七年四月三〇日までに支払うことにより、債務者と債権者との間のその余の債権債務をいつさい消滅させる旨の合意をした。したがつて、債権者主張の転貸借契約は、同日、合意により解除されたものである。

(抗弁に対する債権者の答弁)

債務者主張の抗弁事実は認める。

(債権者の再抗弁)

一、債権者のした前記転貸借契約合意解除の意思表示は、その重要な部分に錯誤があるから無効である。すなわち、債務者主張の昭和四六年一一月一日付契約締結の際に、債務者は、債権者に対し代物弁済の目的物件を提供するにあたり、右物件は即時五、〇〇〇万円で売却することができるものである旨を申し入れたので、債権者は、その言葉を信じ、これを五、〇〇〇万円の債権の代物弁済の目的として受領したところ、後になつて、それが二、〇〇〇万円程度の価値しかないものであることが判明した。もし債権者が、右契約締結の際に、右物件が二、〇〇〇万円程度の価値しかないものであることを知つていたら、債権者は、五、〇〇〇万円の代物弁済には応じなかつたし、また、債務者の主張するような前記転貸借契約関係を含む債権者、債務者間のそれまでの債権債務関係をいつさい消滅させる旨の合意もしなかつたものである。したがつて、債権者のした右転貸借契約合意解除の意思表示は、その重要な部分に錯誤があるというべきであつて、無効である。

二、仮に右1の主張が認められないとしても、債務者は、申請外深沢義治と共謀して、前記代物弁済の目的物件が二、〇〇〇万円程度の価値しかないものであるのにかかわらず、五、〇〇〇万円もの価値があるように言つて債権者を欺罔し、その旨誤信させ、これを五、〇〇〇万円の代物弁済の目的物件として債権者に受領させたものである。そこで、債権者は昭和四七年七月一八日の本件口頭弁論期日において、債務者に対し前記契約を取り消す旨の意思表示をした。したがつて、債務者主張の前記転貸借契約の合意解除は、その効力を失つたことになる。

理由

債権者は、債務者との間の申請の理由第一項記載の転貸借契約に基づき、債務者に対し本件土地について転貸借の登記手続を請求する権利および本件土地の引渡しを請求する権利を有すると主張して、右権利の実行を保全するために、申請の理由第四項記載のような仮処分、すなわち、いわゆる執行官保管、占有移転禁止の仮処分を求めている。

そこで、右申請の当否について検討するに、まず、執行官保管、占有移転禁止の仮処分は、その性質上、登記手続請求権の実行を保全する効力を有しないことが明らかであるから、仮に債権者が本件土地についてその主張のような登記手続請求権を有するとしても、債権者は、右権利の実行を保全する目的をもつて、右仮処分を申請することはできないものというべきである。

つぎに、本件土地の引渡請求権の実行の保全を理由とする右仮処分申請の当否について検討するに、債権者の主張する本件土地の転貸借が農地法の適用のある賃貸借のように引渡しを対抗要件とするものではないこと、したがつて、仮に債権者が債務者から本件土地の引渡しを受けたとしても、転貸借の登記を経由しないかぎり、右転貸借をもつて第三者に対抗することができないこと、そして、右転貸借の登記が未だ経由されていないことは、いずれも債権者の主張自体から明らかである。そうすると、仮に債権者が右申請のとおりの執行官保管、占有移転禁止の仮処分決定を得てその執行をし、かつ本案訴訟において勝訴したうえ、本件土地の引渡しを受けたとしても、その後に、本件土地の所有者がこれを第三者に譲渡し、あるいは賃貸して、債権者が転貸借の登記を経由する前に第三者がその旨の登記を経由した場合や、本件土地の賃借権者である債務者がその賃借権を第三者に譲渡し、債権者が転貸借の登記を経由する前に賃貸人がこれについて承諾した場合などには、債権者は、本件土地の転借権をもつて右第三者に対抗することができず、右第三者からの本件土地の引渡しの請求を拒むことができない結果、本件土地の占有を維持することができなくなることが明らかである。このように、債権者が有すると主張する本件土地の転借権が、未だ登記を経由していないうえ、引渡しを対抗要件とするものではないために、引渡しを受けてもなお右のような第三者によつて容易にその地位を覆滅されてしまうような権利であつてみれば、債権者においてそのような第三者の現われる前に転貸借の登記を経由することができる確実な見込みがあるなど特段の事情の存する場合であれば格別、そのような特段の事情の存することについて何らの主張のない本件においては、債権者は、右のような転借権に基づく引渡請求権の実行を保全する目的で執行官保管、占有移転禁止の仮処分を求めるにつき法律上の利益を有しないものというべきである。

そうすると、本仲仮処分の申請は、結局、その主張自体において理由がないことに帰するから、これを認容した主文第一項掲記の仮処分決定を取り消し、本件仮処分の申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村長生 青山正明 鈴木勝利)

別紙 目録<省略>

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